ゲームの発売を控えたパブリッシャーの多くは、限られたマーケティング予算をいかに効率的に使うかを最優先に考えています。しかし、時にはタイトルの持つ潜在力を示すために、潤沢な資金を投じて大規模なローンチキャンペーンを展開するパブリッシャーも存在します。
サウジアラビアの支援を受ける日本のゲーム開発会社SNKは、『龍虎の拳』『ザ・キング・オブ・ファイターズ』、そして今回の話の中心となる『餓狼伝説』といった名作格闘ゲームシリーズを手がけています。同社は近年で最も豪華なマーケティングキャンペーンを展開し、20年以上ぶりの新作『餓狼伝説 City of the Wolves』で、餓狼伝説シリーズをアーケード格闘ゲームの頂点に再び押し上げようと試みました。
しかし、後述するように、この大規模なプロモーション活動の結果は期待を下回るものとなりました。スポーツ業界やライブストリーミング業界にまたがる大規模なインフルエンサーマーケティングキャンペーンを実施したにもかかわらず、『餓狼伝説 City of the Wolves』は競合作品に匹敵する数字を記録することができませんでした。
本記事では、SNKがゲームプロモーションのために実施した具体的な施策、餓狼伝説 City of the Wolvesが格闘ゲーム業界においてどのような立ち位置にあるのか、そしてSNKがより効果的なインフルエンサーマーケティング戦略を通じて視聴者数を増やすためにはどのような手法が可能だったのかを詳しく検証していきます。
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SNKをめぐる情勢とサウジアラビアとのつながり
その前に、SNKと餓狼伝説に関する歴史を少しご紹介します。前作の『餓狼伝説』は90年代後半に発売され、『餓狼伝説 City of the Wolves』は長らく休眠状態にあったシリーズへの復帰作となりました。オリジナルの『餓狼伝説』シリーズの最新ゲーム機への移植は別として、2025年のゲーマーは、20年前の第1作以来コンスタントに新作が発売されているスピンオフ作品『ザ・キング・オブ・ファイターズ』でこのシリーズを知っている可能性が高いです。言い換えれば、餓狼伝説の新作を宣伝することは、シリーズの復活を待ち望む一握りのハードコアなファンしかいない、実質的に立ち上げからのスタートを意味します。
それにもかかわらず、SNKがサウジアラビアの皇太子ムハンマド・ビン・サルマンに買収された際、同社は格闘ゲームフランチャイズのバックログに対してコミットメントを示しました。2024年12月、SNKはKOFスタジオを設立し、その新ブランドで今後の格闘ゲームをリリースすることになりました。さらに、同社のサウジアラビアとのつながりは、今年のEsports World Cupのような主要なeスポーツトーナメントでの同社の将来のゲームの出場機会を保証しています。資金とコネクションを得たことで、餓狼伝説復活の可能性は期待できそうでした。
しかし、4月24日に発売された『餓狼伝説 City of the Wolves』の売上は芳しくありませんでした。日本では発売から11日間でわずか6.3万本しか売れず、Steamでの同時プレイヤー数はピーク時でわずか4.7万人でした(比較対象として、『ストリートファイター6』や『鉄拳8』といった他の格闘ゲームは発売と同時に数十万人を記録しています)。発売からわずか数週間後、SNKの松原健二CEOが退任しました。『餓狼伝説』の不振が公式な理由には挙げられていませんでしたが、タイミングとしてはこれ以上ないほど悪く、この2つの出来事が関連しているとの憶測を呼ぶのは間違いないでしょう。
全力でマーケティングに注力した『餓狼伝説 City of the Wolves』

このような注目度の高いマーケティングキャンペーンでは、結果を出さなければならないというプレッシャーも大きいものでした。『餓狼伝説 City of the Wolves』に関連するアクティベーションのほんの一部を要約として以下が挙げられます:
- 出演ファイターとして有名人を追加、最も注目された(物議を醸した)クリスティアーノ・ロナウド、さらにDJのサルヴァトーレ・ガナッチ(両者ともサウジアラビアの他のエンターテインメント活動とつながりあり)
- タイムズスクエアでのプロボクシングの試合と餓狼伝説のブランド連携
- WWEとのコラボレーションによるレッスルマニアの試合とリング周辺の餓狼伝説のロゴ展開
- リリース前の開発コンテンツの数々、開発者ストリームや、世界クラスのDJが制作したフルサウンドトラックへの早期アクセスを含む
- Game Grumpsのような知名度の高いYouTuberによる、ゲームの多数のスポンサードビデオ
- Kai CenatとIShowSpeedがタイムズスクエアとピカデリーサーカスでゲームをプレイする大規模な配信イベント
これらの例はSNKのゲームのマーケティングキャンペーンの表面をかすめたに過ぎませんが、インフルエンサーマーケティングのアクティベーションの幅の広さと、オンライン、ストリーミング、およびスポーツオーディエンスへのフォーカスを示しています。知名度の高いインフルエンサーが最も高価な会場のいくつかに配置されたことで、いずれも安くはなかったことが想像できます(ただし、既存のコネクションを活用することで、コストが軽減できたと考えられます)。
このような派手なマーケティングの後では、ゲームそのものに対する実際の評価は忘れられがちです。全体的に『餓狼伝説 City of the Wolves』の評価は高く、新しい 「REVシステム」のおかげでコアとなるゲームプレイがしっかりしており、シリーズの忠実な復活として称賛されました。しかし、やはり他の格闘ゲームとの不利な比較は頻繁に見られ、『餓狼伝説 City of the Wolves』をライバルから際立たせるために決め手となる要素が不足していると指摘されました。特に、RPGのような「Episodes of South Town」モードは、ストリートファイター6の「ワールドツアー」と比べると、発展途上だと感じられました。全体として、レビュアーたちは『餓狼伝説 City of the Wolves』はSNKの最高傑作の一部ではあるものの、このジャンルでの最高傑作の一部ではないと感じたようです。
『餓狼伝説 City of the Wolves』が格闘ゲームランドスケープに占める位置
このイマイチな反応は、残念ながらライブ配信上でのゲームの評判と一致しました。格闘ゲームの最初の30日間の視聴時間ランキングを見ると、『餓狼伝説 City of the Wolves』の視聴時間はわずか150万時間で、『ストリートファイター6』(4,330万時間)や『鉄拳8』(2,480万時間)といったこのジャンルのトッププレイヤーには遠く及ばず、スピンオフの『ザ・キング・オブ・ファイターズXV』(330万時間)にも及びませんでした。その理由は単純です:これらのフランチャイズは長年にわたって支持されてきたのに対し、『餓狼伝説 City of the Wolves』はゼロからのスタートを余儀なくされたからです。とはいえ、3月に行われたベータ版のパフォーマンス(視聴時間38.4万時間)からすると、反響は予想よりも低いものでした。
これらのゲームは、格闘ゲーム大会やライブストリーミングイベントを通じて、コアなファンに長年支持されてきました。EVOは格闘ゲームの最高峰の大会で、日本、アメリカ、フランス、シンガポールで開催されています。『餓狼伝説 City of the Wolves』はEVO Japan 2025で、Esports World Cupの予選を兼ねた小さな余興イベントで初めて露出しました。このゲームのイベント全体を通しての視聴時間はわずか3.5万時間で、このタイトルがまだ始まったばかりであることを考えれば、予想外の結果とは言えませんが、『鉄拳8』、『ギルティギア ストライヴ』、『グランブルーファンタジーヴァーサス ライジング』といった他の格闘ゲームの数十万時間という視聴時間には遠く及びませんでした。
さらに気になるのは、『餓狼伝説 City of the Wolves』が、格闘ゲームシーンのもう1つの新作のパフォーマンスとの比較です。2025年1月に発売された『Virtua Fighter 5 R.E.V.O.』です。『Virtua Fighter 5 R.E.V.O.』は、最終日に『ストリートファイター6』と並行して最終日にプレイされたにもかかわらず、3日間で55万8000時間もの視聴時間(全プレイゲーム中3位)を記録しました。『餓狼伝説 City of the Wolves』が低迷する中、日本の格ゲーコミュニティが大挙して本作を応援したことは、本作に対するコミュニティの姿勢をよく表しています。
主要な格闘ゲーム大会は、出展タイトルに対する格闘ゲームファンの評価のバロメーターとなります。今回も『餓狼伝説 City of the Wolves』は、ミラー配信において全試合の中で2番目に低い29%の同時配信率と伸び悩みました。(『Virtua Fighter 5 R.E.V.O.』は28%)主に日本の配信者が本イベントのミラー配信を行ったことを鑑みると、低い視聴率と同時配信率は、餓狼伝説が自国の市場を魅了できていないことを物語っています。リリース時に大きく注目を集めた『ストリートファイター6』と比較してみましょう。2023年に開催されたCrazy Raccoon Cup(視聴時間430万時間)では、k4sen、葛葉、fps_shakaといった日本の大手ストリーマーが出演しました。これらの配信者はジャンルを問わず最も視聴されているクリエイターです。
SNKのマーケティングキャンペーンが欧米中心であることを考えると、日本の格闘ゲームコミュニティーに興味がないのかもしれません。結局のところ、EVO America 2024はこれまでで最も人気のある大会となり、アメリカにおける格闘ゲームへの興味が証明されました。しかし、この努力の中にも不手際はありました。例えば、ストリーマーのMaximilian_DOODは格闘ゲームジャンルの欧米最大のサポーターの一人で、『餓狼伝説 City of the Wolves』のリリース時には最高の視聴者数を記録しました。しかし、彼の関心は単にカジュアルなものでしかありませんでした。ロナウドのゲームへの参戦をめぐる論争が原因で、彼は『餓狼伝説 City of the Wolves』のスポンサー付きコンテンツへの出演を取りやめたのです。これは欧米市場におけるSNKの大きな機会損失でした。Twitchは2023年に開催されたTwitch Rivals『ストリートファイター6』のイベントのように、しばしばMaximilian_DOODと提携してイベントを開催していました。
『餓狼伝説 City of the Wolves』インフルエンサー施策における課題
SNKはサウジアラビアを拠点とするインフルエンサーやeスポーツとのコネクションを駆使して『餓狼伝説 City of the Wolves』のサポートに注力しましたが、徹底的な支援と好意的な評価にもかかわらず、ゲームは発売と同時に不振に陥り、日本の格闘ゲームコミュニティを取り込むことができませんでした(米国市場でも若干の失策がありました)。では、SNKのマーケティングキャンペーンはどこが課題なのかいくつかの見解を分析します。
1)『餓狼伝説 City of the Wolves』のインフルエンサーマーケティングキャンペーンは、フランチャイズの認知度を高め、新規顧客を獲得することを目的としていましたが、コアなファン層を活性化させることがあまり考慮されていませんでした。
このコアなファン層は、シリーズの歴史からして、ほとんどが日本にいるはずですが、イベントは主にアメリカかヨーロッパで、Kai Cenatのような欧米のインフルエンサーを招いて開催されました。日本のストリーミングコミュニティで行われた努力は賢明とは言えず、Ouro KroniiやGigi Murinのような英語を話すVTuberを選び、格闘ゲームの報道では知られていませんでした。SNKは代わりに、Kasunoko(かずのこチャンネル)やSCOREの格ゲー人生のような格闘ゲームのプロである日本のストリーマーとの提携を検討した方が良かったかもしれません。
2)SNKは的を絞ったキャンペーンを企画する代わりに資金を投じました。
今はトップストリーマーやYouTuberをスポンサーするような単純なゲーム発掘ができる2017年ではありません。ユーザーは、コミュニティの特定の層に響く育成と高度にターゲットを絞った広告を必要としています。SNKが実行した『餓狼伝説 City of the Wolves』のブランド名を知名度の高いイベントに貼り付けるマスアプローチでは、発売と同時にゲームを熱烈に支持し、口コミでゲームのニュースを広めてくれるコアなファン層を育成することができませんでした。加えて、プロモーションの優先順位において格闘ゲームファンにアピールするコンテンツを盛り込むよりも、同社の他の利益(クリスティアーノ・ロナウドなど)の活用・宣伝を優先したことも考えられます。
3)ゲームの発売時期が『Virtua Fighter 5 R.E.V.O.』の全盛期と重なり、主要なeスポーツイベントへの十分な準備期間を確保できませんでした。
SNKが『餓狼伝説 City of the Wolves』の発売からEsports World Cupまでの時間を確保することを重視していたのは間違いありませんが、このタイミングではEVO Japan 2025の前にプロのeスポーツプレイヤーや視聴者を十分に集めることができませんでした。もしSNKが本イベントの視聴者数を犠牲にしてでも、2025年後半に開催される欧米のイベントに参加するつもりであれば、アプローチは理にかなっている可能性もあります。
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そこで考えられる結論は2つあります:SNKがコアユーザーにリーチできなかったか、より可能性が高いのはコアユーザーの再活性化を最初から計画していなかったことです。
SNKは今回のリリースで長期的な観点で取り組み、欧米のオーディエンス『餓狼伝説』のフランチャイズとしての認知度を高めようとしている可能性があります。この観点ではキャンペーンは確かに成功し多と言えます。このキャンペーンが行われる前は、『餓狼伝説』の知名度はスピンオフシリーズの『ザ・キング・オブ・ファイターズ』よりも低かったのです。取り組みに投入された資金が必ずしも持続可能とは言い難いものの、これらは彼らのこれまでの戦略と一致しています。
SNKは現在、アーケードスタイルの格闘ゲームを世界的な現象として位置付けています。KOFスタジオで格闘ゲームに重点を置くというコミットメントは、サウジアラビアの支援を受けたこの会社が世界の舞台を見据えていることを示唆しています。(LIVゴルフを始めサウジアラビアの多くの試みが同様でした)8月にラスベガスで開催されるEVOや、Esports World Cupなど、アプローチの真価が問われる最大の試金石は今年の後半にやってくるでしょう。ファイティングゲームジャンルの利点の一つは、これらのゲームが時代を超えた人気を維持できる点です。今後数カ月にわたってサポートを続ければ、『餓狼伝説』の周りに再び忠実なコミュニティが形成される可能性があります。
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